導入:米国居住者と日本法人の「見えない壁」
米国居住者が日本の法人、特に「マイクロ法人」や家族経営の同族会社を所有している場合、米国税務上の申告義務は極めて複雑かつ重くのしかかります。単に日本で法人を設立し、事業を運営しているだけでは済まされません。米国税法上の「被支配外国法人」(CFC: Controlled Foreign Corporation)ルールと、それに伴う「GILTI」(Global Intangible Low-Taxed Income)税制は、日本の法人で得た利益が、個人の米国所得として合算され課税されるという、多くの米国居住者にとって予測不能な「恐怖」をもたらします。本記事では、この複雑な国際税務の全貌を、米国税務に精通したプロ税理士の視点から、読者の皆様が完全に理解できるように網羅的かつ詳細に解説します。
基礎知識:Form 5471、CFC、そしてGILTIの概要
Form 5471: 情報申告の義務
Form 5471(Information Return of U.S. Persons With Respect to Certain Foreign Corporations)は、特定の外国法人に関する情報を提供する、米国居住者向けの必須の申告書です。これは所得税の申告書ではなく、情報開示のための申告書ですが、その不提出または不正確な提出に対する罰則は極めて重く、年間1万ドルから始まり、継続的な不備に対してはさらに高額な罰則が課されることがあります。この申告書は、米国居住者が外国法人を所有・支配している事実をIRSに報告するために存在します。
CFC(被支配外国法人)とは?
CFCとは、米国の「US Shareholder」(米国株主)が、その外国法人の議決権株式または価値の50%超を所有している外国法人のことを指します。ここでいう「US Shareholder」とは、その外国法人の議決権株式または価値の10%以上を直接的または間接的に所有する米国居住者を意味します。重要なのは、所有割合の計算において、配偶者、親族、パートナーシップ、信託、法人などを介した「間接的」または「構成的」所有も考慮される点です。日本のマイクロ法人や同族会社は、少数の米国居住者(家族を含む)が実質的に全株式を保有しているケースがほとんどであるため、CFCに該当する可能性が非常に高いと言えます。
GILTI(Global Intangible Low-Taxed Income)とは?
GILTIは、2017年の税制改革(TCJA)によって導入された、CFCが稼得する特定の所得に対する合算課税制度です。CFCが非米国源泉の低課税所得を得ている場合、その所得の一部または全部を米国のUS Shareholderの所得として合算し、米国で課税しようとするものです。その目的は、米国企業が海外で低税率国を利用して利益を蓄積するのを防ぐことにありましたが、意図せず個人が所有するCFCにも広範な影響を及ぼしています。
詳細解説:Form 5471、CFCルール、GILTIの深掘り
Form 5471の申告カテゴリーと情報要件
Form 5471には、申告義務者の状況に応じて5つのカテゴリーがあります。日本のマイクロ法人を所有する米国居住者の場合、主に以下のカテゴリーに該当することが多いでしょう。
- カテゴリー4: 米国人が、課税年度のいずれかの期間において、外国法人の議決権株式の50%超を所有する支配権を有していた場合。
- カテゴリー5: 米国株主(US Shareholder)が、CFCである外国法人の株式を所有していた場合。
Form 5471は単一のフォームではなく、数多くのスケジュールで構成されています。例えば、株主情報、法人の貸借対照表(Schedule L)、損益計算書(Schedule M)、繰越利益剰余金(Schedule M-2)、米国のUS Shareholderへの所得合算額(Schedule I)、CFCの所得と税金(Schedule J)など、非常に詳細な財務情報と税務情報が求められます。日本の会計基準で作成された財務諸表を米国税務基準(GAAPまたはTax Basis)に調整する必要があり、これが大きな負担となることがあります。
CFCルールの詳細:米国株主と所有権の概念
CFCの定義において重要なのは、「US Shareholder」と「所有権の帰属ルール」です。
- US Shareholder: 外国法人の議決権または価値の10%以上を所有する米国人。
- 所有権の帰属ルール(Constructive Ownership Rules): 実際の所有だけでなく、家族(配偶者、子、孫、親)、パートナーシップ、信託、法人などを介した間接的な所有や、一定の条件下でのオプション契約なども所有とみなされます。例えば、夫が5%、妻が5%の株式をそれぞれ保有している場合、個々には10%未満ですが、夫婦間の帰属ルールにより、それぞれが10%を保有しているとみなされ、両方がUS Shareholderとなり、CFCの要件を満たす可能性があります。
日本のマイクロ法人や同族会社では、しばしば夫婦や親子で株式を分け合っていることがありますが、この帰属ルールにより、容易にCFCの要件を満たしてしまうため、注意が必要です。
GILTI税制の計算と課税メカニズム
GILTIの計算は複雑ですが、基本的な考え方は以下の通りです。
- Tested Incomeの特定: CFCが稼得した所得のうち、特定の除外項目(例:Subpart F所得、米国源泉所得など)を除いた「Tested Income」を計算します。日本のサービス業や物販業で得た通常の事業所得は、通常、Tested Incomeに含まれます。
- QBAI控除の計算: 適格事業資産投資(Qualified Business Asset Investment: QBAI)とは、CFCが事業で使用する有形減価償却資産の平均調整後基礎(Adjusted Basis)の10%を指します。これは、実体のある事業活動への投資を奨励するための控除であり、GILTIの課税対象額を減少させます。しかし、日本のマイクロ法人では、資産が少ないためにQBAIがほとんどないか、ゼロになるケースも少なくありません。
- GILTI Inclusionの決定: 各US Shareholderは、自身の所有割合に応じてCFCのTested IncomeからQBAI控除額を差し引いた金額(及び特定の利息費用調整)を自身のGILTI所得として合算します。
例: CFCのTested Incomeが1000万円、QBAIが100万円の場合、GILTI対象所得は1000万円 – (100万円 × 10%) = 990万円となります。US Shareholderが100%所有していれば、この990万円が個人の米国所得に合算されます。
個人のGILTI課税とSection 962の選択
個人がGILTI所得を合算する場合、その所得は通常の個人所得税率で課税されます。しかし、米国法人であれば利用できる、GILTI所得に対する50%の控除(Section 250 Deduction)や、外国税額控除(Foreign Tax Credit: FTC)の80%制限といった優遇措置を個人は直接利用できません。
ここで重要となるのが、Section 962の選択(Section 962 Election)です。これは、個人であるUS Shareholderが、GILTIやSubpart F所得について、あたかも米国法人であるかのように課税されることを選択できる制度です。この選択を行うことで、以下のメリットを享受できる可能性があります。
- GILTI所得に対して、現在の米国法人税率21%が適用される。
- GILTI所得に対する50%の控除(Section 250 Deduction)を利用できる。
- CFCが支払った外国法人税額の80%を外国税額控除として利用できる。
ただし、Section 962を選択した場合、将来CFCから配当を受け取った際には、その配当が米国法人から受け取った配当とみなされ、再度課税される(二重課税)可能性があるため、総合的な税負担を慎重に分析する必要があります。
高税率免除(High-Tax Exclusion: HTE)の重要性
日本の法人税率は、米国と比較して高い水準にあります。このため、日本のCFCが十分な税金を日本で支払っている場合、GILTIの課税対象から除外される高税率免除(High-Tax Exclusion: HTE)が適用される可能性があります。
HTEの適用条件は、CFCが稼得したTested Incomeに課せられる実効外国税率が、米国法人税率の90%以上であることです。現在の米国法人税率は21%ですので、その90%は18.9%です。つまり、日本の法人で稼得したTested Incomeに対する実効税率が18.9%を超えていれば、そのTested IncomeはGILTIの対象から除外されます。日本の法人税(国税、地方法人税、事業税、住民税など)の実効税率は、中小企業の場合、多くが20%台後半から30%台に達するため、多くのケースでHTEが適用され、GILTI課税を回避できる可能性があります。
ただし、HTEの適用は自動ではありません。IRSへの正式な選択(election)が必要であり、計算も複雑です。また、所得の種類や費用配分によって実効税率が変動するため、慎重な分析が求められます。
日本の「マイクロ法人」への影響
日本のマイクロ法人や同族会社は、少数の個人オーナーによって運営されていることが多く、CFCの定義に合致しやすい特徴があります。特に、QBAIが少ないサービス業(コンサルティング、IT開発、フリーランスなど)や、不動産賃貸業(これはSubpart F所得に該当する可能性も高い)の場合、GILTIの対象となりやすいため、HTEの適用が非常に重要となります。
具体的なケーススタディ・計算例
ケーススタディ1:100%所有の日本のコンサルティング会社
米国居住者Aは、日本のコンサルティング会社(法人)を100%所有しています。2023年の財務状況は以下の通りです。
- 売上高:1500万円
- 経費:500万円(給与、家賃など)
- 日本での課税所得:1000万円
- 日本で支払った法人税等(実効税率25%と仮定):250万円
- QBAI(有形減価償却資産がないため):0円
GILTI計算:
- Tested Income = 1000万円
- QBAI控除 = 0円 (0円 × 10%)
- GILTI対象所得 = 1000万円 – 0円 = 1000万円
高税率免除(HTE)の検討:
- 日本の実効税率 = 25%
- 米国税率の90% = 21% × 90% = 18.9%
日本の実効税率25%は、18.9%を上回っているため、HTEが適用されます。結果として、この1000万円はGILTIの対象から除外され、米国でのGILTI課税は発生しません。
しかし、HTEの適用にはIRSへの正式な選択が必要であり、Form 5471の提出義務は依然として存在します。
ケーススタディ2:夫婦で50%ずつ所有の日本の貿易会社
米国居住者Bと配偶者Cは、日本の貿易会社(法人)をそれぞれ50%ずつ所有しています。夫婦間の帰属ルールにより、それぞれが100%の所有とみなされ、会社はCFCとなります。2023年の財務状況は以下の通りです。
- 売上高:3000万円
- 経費:1000万円
- 日本での課税所得:2000万円
- 日本で支払った法人税等(実効税率28%と仮定):560万円
- QBAI(在庫や什器備品など):500万円
GILTI計算:
- Tested Income = 2000万円
- QBAI控除 = 500万円 × 10% = 50万円
- GILTI対象所得 = 2000万円 – 50万円 = 1950万円
高税率免除(HTE)の検討:
- 日本の実効税率 = 28%
- 米国税率の90% = 18.9%
日本の実効税率28%は18.9%を上回っているため、HTEが適用されます。結果として、この1950万円はGILTIの対象から除外され、米国でのGILTI課税は発生しません。
夫婦それぞれがForm 5471を提出する義務があり、HTEの選択も適切に行う必要があります。
ケーススタディ3:日本の不動産賃貸会社
米国居住者Dは、日本の不動産賃貸会社を100%所有しています。賃貸収入は基本的に受動的所得とみなされるため、これは「Subpart F所得」に該当する可能性が高いです。Subpart F所得はGILTIとは別のルールで、直接個人の所得に合算課税されます。
- 賃貸収入:800万円
- 経費:300万円
- 日本での課税所得:500万円
- 日本で支払った法人税等(実効税率20%と仮定):100万円
この場合、500万円の所得はSubpart F所得として、D個人の米国所得に直接合算されます。Subpart F所得にはQBAI控除やGILTIのHTEのような免除規定はありませんが、所得に直接関連する外国税額は外国税額控除として利用できる可能性があります。
ポイント: 事業内容によっては、GILTIではなくSubpart Fの対象となる場合があります。受動的な所得(賃貸収入、配当、利息など)はSubpart Fに該当しやすく、より直接的に課税される傾向があります。
メリットとデメリット
メリット
- 法人格の利用による責任限定: 日本での事業運営において、個人事業主ではなく法人格を利用することで、有限責任の恩恵を受けられます。
- 事業コストの損金算入: 法人運営に伴う様々な経費を損金算入できるため、個人の所得税負担を軽減できる可能性があります(日本の税制下)。
- Section 962の選択肢: 個人のGILTI課税において、法人として課税される選択肢があるため、高額所得者にとっては税率面で有利になる可能性があります。
- 高税率免除(HTE)によるGILTI課税の回避: 日本の法人税率が高いおかげで、多くのケースでGILTIの合算課税を回避できる可能性があります。
デメリット
- 複雑な米国税務申告義務: Form 5471の作成は非常に専門的で複雑であり、専門家の支援なしには困難です。
- 高額なコンプライアンスコスト: Form 5471の作成、GILTIやHTEの計算、そして専門家への依頼費用など、コンプライアンスにかかる費用が非常に高額になります。
- GILTIまたはSubpart Fによる合算課税のリスク: HTEが適用されない場合や、Subpart F所得に該当する場合、法人の利益が個人の所得として強制的に課税され、実質的な二重課税となる可能性があります。
- 将来の配当に対する二重課税リスク: Section 962を選択した場合、将来の配当が米国法人からの配当とみなされ、その際に再度課税される可能性があります。
- 事業運営の制約: 米国税務を考慮した事業運営が必要となり、自由度が失われる場合があります。
よくある間違い・注意点
- Form 5471の提出漏れ: 最も一般的な間違いであり、最も高額な罰則を招きます。外国法人を設立・所有した場合、必ず提出義務の有無を確認してください。
- 所有権帰属ルールの誤解: 家族や関連会社を通じた間接的・構成的保有を見落とし、CFCに該当しないと誤解するケース。
- GILTI計算の誤り: QBAIの計算方法、Tested Incomeの範囲、利息費用の調整などを誤る。
- 高税率免除(HTE)の適用忘れまたは誤った適用: HTEは自動適用ではなく、IRSへの正式な選択が必要です。また、実効税率の計算を誤ると、後で追徴課税の対象となる可能性があります。
- Subpart F所得の見落とし: 受動的所得がGILTIではなくSubpart Fに該当することを見落とし、適切な処理を怠る。
- 米国-日本租税条約の誤解: 租税条約は二重課税の排除を目的としますが、CFC/GILTIルールは国内法であり、租税条約が直接的に免除するものではありません。外国税額控除の適用範囲などに影響しますが、複雑な分析が必要です。
- 専門家への相談遅延: 複雑な国際税務は、早期に専門家(米国税理士や国際税務に強い会計士)に相談することが不可欠です。
よくある質問(FAQ)
Q1: GILTIは常に課税されますか?回避する方法はありますか?
A1: いいえ、常に課税されるわけではありません。特に日本の法人では、日本の高い法人税率のおかげで「高税率免除(HTE)」が適用され、GILTI課税を回避できる可能性が高いです。また、Section 962の選択により、個人の税率負担を軽減できる場合もあります。しかし、これらの適用には複雑な計算とIRSへの正式な選択が必要であり、専門家のアドバイスが不可欠です。
Q2: 日本の会社が利益を出していなくても、Form 5471は提出しなければなりませんか?
A2: はい、提出義務があります。Form 5471は「情報申告書」であり、利益の有無にかかわらず、米国居住者が特定の外国法人を所有・支配している事実を報告するためのものです。利益がない場合でも、貸借対照表や損益計算書などの財務情報を提出する必要があります。
Q3: 米国-日本租税条約はGILTIの課税を免除してくれますか?
A3: 直接的にGILTI課税を免除するものではありません。GILTIは米国の国内法に基づく合算課税制度であり、租税条約の目的とは異なります。しかし、租税条約は外国税額控除の適用範囲や、所得の源泉地認定に影響を与える可能性があり、間接的に税負担に影響を与えることはあります。具体的な状況に応じて、租税条約の詳細な分析が必要です。
Q4: Section 962の選択は、どのような場合に検討すべきですか?
A4: Section 962の選択は、主に個人のGILTI対象所得が高額であり、かつ、CFCが支払った外国税額が十分に大きい場合に検討すべきです。この選択により、個人の高い所得税率ではなく、米国の低い法人税率(21%)が適用され、さらに外国税額控除も活用できるため、短期的な税負担を軽減できる可能性があります。ただし、将来の配当に対する課税リスクも考慮し、長期的な視点での慎重な分析が必要です。
まとめ:複雑な国際税務への戦略的アプローチ
米国居住者が日本の法人を所有することは、日本での事業機会を享受できる一方で、米国税務上の極めて複雑な義務を伴います。Form 5471の提出義務、CFCルールの適用、そしてGILTI税制による合算課税の可能性は、多くのオーナーにとって大きな負担となり得ます。しかし、日本の高い法人税率による高税率免除(HTE)や、Section 962の選択といった制度を適切に理解し活用することで、GILTIによる実質的な課税を回避したり、税負担を軽減したりできる道筋も存在します。
最も重要なのは、これらの複雑なルールを自己判断せず、必ず米国税務に精通した国際税務の専門家(米国税理士や国際税務に強い会計士)に相談することです。早期に適切なアドバイスを受け、戦略的な税務計画を立てることで、予期せぬ高額な罰則や追徴課税のリスクを回避し、安心して事業に専念できるでしょう。あなたの日本法人が米国税務上の「恐怖」ではなく、「成功」をもたらす存在となるよう、適切な専門家のサポートを得ることを強くお勧めします。
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