日本の年金・不動産収入はアメリカで課税されるか?二重課税を防ぐ外国税額控除の仕組みと入力方法

はじめに:アメリカ居住者の全世界所得課税原則

アメリカの税法において、「アメリカの納税者(U.S. Person)」と見なされる個人(市民権保持者、永住権保持者、または実質的居住者テストを満たす者)は、その居住地にかかわらず、全世界で得た所得に対してアメリカの連邦所得税を申告・納税する義務があります。これは、日本に年金受給権や不動産を保有し、そこから収入を得ている方々にとって、「日本で既に税金を払っているのに、アメリカでもまた税金を払うのか?」という二重課税の懸念を生じさせます。しかし、ご安心ください。アメリカにはこの二重課税を軽減するための重要なメカニズム、すなわち「外国税額控除(Foreign Tax Credit, FTC)」が存在します。

基礎知識:アメリカの納税者区分と全世界所得課税

アメリカの納税者区分

まず、ご自身がアメリカの税法上「U.S. Person」に該当するかを確認することが重要です。U.S. Personには主に以下の3つのカテゴリーがあります。

  • アメリカ市民(U.S. Citizen): 出生地主義または血統主義によりアメリカ市民権を持つ者。海外に居住していても納税義務があります。
  • 永住権保持者(Green Card Holder): アメリカの永住権を保持している者。
  • 実質的居住者(Substantial Presence Test): グリーンカードを保持していなくても、特定の期間アメリカに滞在することで実質的居住者と見なされ、納税義務が発生する場合があります。具体的には、現年度に31日以上滞在し、かつ現年度、前年度、前々年度の3年間の滞在日数の合計が183日以上(特定の計算式に基づく)の場合です。

これらのいずれかに該当する場合、原則として全世界所得課税の対象となります。

全世界所得課税の原則

アメリカの納税者は、その国籍や居住地に関わらず、世界中のどこで得た所得であっても、全てアメリカの連邦所得税の課税対象となります。これには、日本の銀行預金の利子、日本の証券口座からの配当や売却益、そして今回のテーマである日本の年金収入や不動産収入も含まれます。したがって、日本で得たこれらの収入も、アメリカの税務申告書(Form 1040など)上で適切に報告する必要があります。

詳細解説:日本の年金・不動産収入のアメリカ課税

日本の年金収入の課税

日本における年金課税

日本の公的年金(厚生年金、国民年金など)は、原則として雑所得として課税されます。受給者の年齢や年金収入額に応じて、所得税および住民税が源泉徴収されるか、確定申告によって納税が行われます。非居住者として日本で年金を受け取る場合、通常20.42%の源泉徴収が行われます。

アメリカにおける年金課税と日米租税条約

アメリカの納税者が日本の年金を受け取る場合、その年金はアメリカの所得税の課税対象となります。ただし、日米租税条約(U.S.-Japan Tax Treaty)が適用され、特定の規定が課税関係に影響を与えます。特に、租税条約第17条(Pensions, Social Security Benefits, Annuities, Alimony, and Child Support)が日本の公的年金に適用されます。

  • 公的年金(Social Security Benefits): 通常、アメリカの社会保障給付と同様に扱われ、一定の計算式に基づき課税対象額が決定されます。日本の厚生年金や国民年金は、多くの場合、アメリカの社会保障給付に類似するものとして扱われます。
  • 源泉地国課税の免除: 租税条約は、日本の公的年金が日本の居住者(年金受給者)に支払われる場合、その年金は原則として受給者の居住地国(この場合アメリカ)のみで課税されると定めています。しかし、アメリカの居住者であるにもかかわらず日本で源泉徴収されているケースも存在します。これは、日本の年金事務所や金融機関が受給者のアメリカ居住者としてのステータスを把握しきれていない場合に起こり得ます。この場合、日本で支払われた税金は外国税額控除の対象となります。
  • 私的年金(Private Pensions): 企業年金や個人年金(iDeCoなど)も、通常はアメリカの居住地国課税原則に従います。日本の年金制度の特性上、個人拠出型年金も公的年金の一部とみなされる場合がありますが、その課税関係は個別のプランによって複雑になる可能性があります。

アメリカでは、年金収入の全てが課税対象となるわけではなく、拠出金が税引き後であった場合、その元本部分に対するリターンは非課税となります。日本の年金制度におけるご自身の拠出状況を確認し、課税対象となる部分を正確に把握することが重要です。

日本の不動産収入の課税

日本における不動産収入課税

日本国内の不動産から得られる賃貸収入や売却益は、日本において課税対象となります。賃貸収入は不動産所得として、売却益は譲渡所得として、それぞれ所得税および住民税が課されます。非居住者の場合、賃貸収入は通常20.42%の源泉徴収の対象となり、売却益は別途確定申告が必要です。

アメリカにおける不動産収入課税

アメリカの納税者が日本の不動産から賃貸収入を得ている場合、その収入はアメリカでも課税対象となります。アメリカの税務申告では、通常、賃貸収入はSchedule E (Supplemental Income and Loss)で申告します。賃貸収入から、減価償却費、管理費、修繕費、固定資産税、ローン利息などの経費を控除することができます。

日本の不動産売却による譲渡所得(キャピタルゲイン)も、アメリカで課税対象となります。これは通常、Schedule D (Capital Gains and Losses)で申告され、長期保有(1年以上)であれば優遇税率が適用される可能性があります。日本の取得費や売却費用を正確に把握し、円から米ドルへの換算を行う必要があります。

重要なのは、日米両国での減価償却費の計算方法や経費の計上ルールが異なる場合がある点です。これにより、日本での課税所得とアメリカでの課税所得に差異が生じることがあり、外国税額控除の計算を複雑にする要因となることがあります。

二重課税への懸念:「日本で源泉徴収されているのにアメリカでも払うの?」

この疑問は、アメリカの全世界所得課税原則に直面する多くの納税者が抱く最も一般的な懸念です。結論から言えば、アメリカの税法は、この二重課税を軽減するための「外国税額控除(Foreign Tax Credit, FTC)」という制度を提供しています。これにより、日本で適法に支払った所得税は、アメリカの連邦所得税から差し引くことができます。つまり、多くの場合、日本で支払った税金がアメリカでの税金と相殺されるため、実際に二重に税金を支払う事態は避けられます。

外国税額控除(Foreign Tax Credit, FTC)の仕組みと入力方法

外国税額控除(FTC)とは

外国税額控除(FTC)は、アメリカの納税者が外国で支払った所得税を、アメリカの連邦所得税から直接差し引くことができる制度です。これは、二重課税を排除するための最も強力なツールの一つであり、ドル・フォー・ドルで税額を減らすことができます。

FTCの適用要件

FTCを適用するためには、以下の要件を満たす必要があります。

  1. 所得が外国源泉であること: 控除対象となる所得は、外国で発生したものである必要があります。
  2. 税金が所得税であること: 控除できるのは、外国政府に支払った「所得税」に限られます。日本の住民税、固定資産税、相続税などは所得税ではないため、FTCの対象外です。ただし、日本の住民税はアメリカの税務申告において「州税(State and Local Tax, SALT)」として項目別控除(Itemized Deductions)の対象となる可能性がありますが、SALT控除には上限($10,000)があります。
  3. 税金が適法に支払われていること: 外国に支払った税金が、その国の税法に基づいて適法に課され、実際に支払われたものである必要があります。
  4. 税金が「強制」であること: 納税者が任意の選択で支払った税金ではなく、法的に支払い義務のある税金である必要があります。

FTCの計算と制限

FTCは、支払った外国税額の全額が控除できるわけではありません。控除額には上限があり、以下の計算式で求められます。

FTC上限額 = (アメリカでの全世界課税所得のうち外国源泉所得が占める割合) × (アメリカの総連邦所得税額)

簡単に言えば、「外国で得た所得にかかるアメリカの税金」を超える外国税額は控除できません。この制限は、アメリカ政府が外国の税率が高い場合に、その高い税率分の税金をアメリカの税金から差し引くことを許容しない、という考え方に基づいています。

また、IRSは外国源泉所得を複数の「バスケット(Basket)」に分類します。主なバスケットには、パッシブ所得(Passive Income)(利子、配当、賃貸収入など)と一般所得(General Category Income)(事業所得、給与所得など)があります。FTCの計算は、それぞれのバスケットごとに個別に行われるため、あるバスケットで発生した外国税を、別のバスケットの所得にかかるアメリカの税金と相殺することはできません。

FTCの控除しきれなかった外国税額は、前年度に1年間繰り戻し(Carryback)翌年度以降10年間繰り越し(Carryforward)て控除することができます。

Form 1116による入力方法

外国税額控除を申告するには、Form 1116 (Foreign Tax Credit (Individual, Estate, or Trust))を使用します。以下に主な入力項目と手順を説明します。

  1. Part I – Taxable Income or Loss From Sources Outside the United States (for Separate Category of Income): ここで、外国源泉所得の種類(バスケット)を選択し、各バスケットごとの所得額を記入します。日本の年金や不動産収入は、通常「Passive Category Income」または「General Category Income」に該当します。減価償却費などの経費も適切に配分して記入します。
  2. Part II – Foreign Taxes Paid or Accrued: 日本で支払った所得税額を記入します。円で支払われた税金は、その年の平均為替レートまたは支払い時の為替レートで米ドルに換算して記入します。日本の源泉徴収票や確定申告書の控え(納税証明書など)が証拠書類となります。
  3. Part III – Figuring the Credit: IRSの指示に従い、アメリカでの総所得税額、外国源泉所得、そして外国税額控除の制限額を計算します。税務ソフトウェアを使用すれば、これらの計算は自動的に行われます。
  4. Part IV – Summary of Credits From Separate Categories of Income: 最終的な控除額が集計されます。

通貨換算の注意点: 日本円で支払った税金を米ドルに換算する際は、通常、IRSが公表する年間平均為替レートを使用しますが、支払い時のレートを使用することも可能です。継続して同じ方法を用いることが推奨されます。

具体的なケーススタディ・計算例

ここでは、日本の年金収入と不動産収入がある場合の具体的な計算例を見てみましょう。

ケーススタディ1:日本の年金収入の場合

ジョンさん(アメリカ市民)は、日本で厚生年金を受け取っており、年間200万円(約$15,000)の年金収入があります。日本で20.42%(約40.84万円、約$3,063)の源泉徴収が行われました。ジョンのアメリカでの総課税所得は$80,000で、アメリカの連邦所得税は$10,000と仮定します。

  • 日本の年金収入: $15,000
  • 日本で支払った所得税: $3,063
  • アメリカでの総課税所得: $80,000
  • アメリカでの総連邦所得税: $10,000

FTC計算:

  1. 外国源泉所得の割合: $15,000 (年金収入) / $80,000 (総課税所得) = 0.1875 (18.75%)
  2. FTC上限額: 0.1875 × $10,000 (アメリカの総連邦所得税) = $1,875

この場合、ジョンさんが日本で支払った税金は$3,063ですが、FTCの上限が$1,875であるため、アメリカで控除できるのは$1,875までとなります。残りの$3,063 – $1,875 = $1,188は、翌年度以降10年間繰り越して控除することが可能です。

ジョンさんの最終的なアメリカ連邦所得税は、$10,000 – $1,875 = $8,125となります。

ケーススタディ2:日本の不動産収入(賃貸)の場合

サラさん(永住権保持者)は、日本でマンションを所有し、年間300万円(約$22,500)の賃貸収入を得ています。経費(減価償却費、固定資産税、管理費など)が年間100万円(約$7,500)かかり、日本での課税所得は200万円(約$15,000)です。日本で20.42%の源泉徴収(約40.84万円、約$3,063)が行われたとします。サラのアメリカでの総課税所得は$100,000で、アメリカの連邦所得税は$15,000と仮定します。

注意点: アメリカでの減価償却費の計算が日本と異なる場合があります。ここでは、アメリカのルールで計算した経費が日本の経費と同額と仮定します。

  • 日本の賃貸収入: $22,500
  • アメリカで認められる経費: $7,500
  • アメリカでの外国源泉課税所得(不動産): $22,500 – $7,500 = $15,000
  • 日本で支払った所得税: $3,063
  • アメリカでの総課税所得: $100,000
  • アメリカでの総連邦所得税: $15,000

FTC計算:

  1. 外国源泉所得の割合: $15,000 (不動産所得) / $100,000 (総課税所得) = 0.15 (15%)
  2. FTC上限額: 0.15 × $15,000 (アメリカの総連邦所得税) = $2,250

この場合、サラさんが日本で支払った税金は$3,063ですが、FTCの上限が$2,250であるため、アメリカで控除できるのは$2,250までとなります。残りの$3,063 – $2,250 = $813は、翌年度以降10年間繰り越して控除可能です。

サラさんの最終的なアメリカ連邦所得税は、$15,000 – $2,250 = $12,750となります。

メリットとデメリット

メリット

  • 二重課税の回避: 最も重要なメリットは、外国で支払った所得税をアメリカの税金から直接控除することで、実質的に二重課税を回避できる点です。
  • 税負担の軽減: 外国での高い税率により、アメリカでの税金がゼロになる、あるいは大幅に軽減される可能性があります。
  • 簡素化された申告(小額の場合): 支払った外国税額が$300(夫婦合算申告の場合は$600)以下で、かつ全ての外国源泉所得がパッシブ所得であり、Form 1116を使用しない選択をした場合、申告が比較的簡素になります(ただし、この方法はあまり一般的ではありません)。

デメリット

  • 計算の複雑さ: 外国源泉所得の計算、経費の配分、為替換算、バスケットごとの制限など、FTCの計算は非常に複雑です。特に、日米の減価償却ルールや所得の定義の違いは、計算を一層難しくします。
  • 控除額の制限: 外国税額がアメリカでの該当所得にかかる税額を超える場合、全額を控除できない可能性があります。余った税額は繰り越せますが、即座の税軽減には繋がりません。
  • 膨大な記録保持の必要性: 日本での所得や支払った税金を証明するための詳細な記録(源泉徴収票、確定申告書の控え、銀行取引明細など)を保持し、必要に応じてIRSに提出できるようにしておく必要があります。
  • 州税への影響: FTCは連邦所得税にのみ適用され、多くの州では外国税額控除の制度がありません。そのため、州によっては二重課税が完全に解消されない可能性があります。

よくある間違い・注意点

  • 通貨換算の不正確さ: 円で支払った税金を米ドルに換算する際の為替レートの選択(年間平均レートかスポットレートか)を誤ったり、一貫性を欠いたりするケースがあります。
  • 外国源泉所得の誤認: 所得が本当に外国源泉であるかどうかの判断を誤る場合があります。特に日米租税条約の規定を理解せずに申告すると間違いが生じやすいです。
  • 経費の二重計上または計上漏れ: 日本とアメリカで経費の計上ルールが異なるため、適切な配分や計上ができていないことがあります。
  • 対象外の税金を控除しようとすること: 日本の住民税や固定資産税、相続税などは所得税ではないため、FTCの対象外です。これらを誤って計上しないよう注意が必要です。
  • FBAR (FinCEN Form 114) および Form 8938 (FATCA) の申告漏れ: 日本に金融資産や特定の外国資産を保有している場合、所得税とは別にこれらの情報開示義務があります。これは課税とは直接関係ありませんが、申告を怠ると重いペナルティが課されるため、非常に重要です。
  • 専門家への相談の遅れ: 複雑な状況の場合、自己判断で申告すると間違いが生じやすいため、早めに国際税務に精通した税理士に相談することが賢明です。

よくある質問(FAQ)

Q1: 日本で税金がゼロならアメリカでもゼロになりますか?

A1: いいえ、必ずしもそうではありません。 日本での課税所得がゼロまたは非課税であったとしても、アメリカの税法に基づくと課税対象となる場合があります。例えば、日本の非課税枠内での年金受給や、日本の税法上の優遇措置によって税金がかからなかった場合でも、アメリカの税法では異なる計算が適用され、課税所得が発生する可能性があります。この場合、外国税額控除を適用する外国税がないため、アメリカでの税金が発生します。

Q2: 外国税額控除はいくらまで使えますか?

A2: 外国税額控除は、アメリカの連邦所得税額のうち、外国源泉所得にかかる税額が上限となります。 具体的には、「アメリカの総課税所得に占める外国源泉所得の割合」をアメリカの総連邦所得税額に乗じて計算されます。この上限を超えて外国税額を控除することはできません。ただし、控除しきれなかった外国税額は、1年間繰り戻し、または10年間繰り越して使用することが可能です。

Q3: 日本の住民税や固定資産税は外国税額控除の対象になりますか?

A3: いいえ、日本の住民税や固定資産税は外国税額控除(FTC)の対象にはなりません。 FTCの対象となるのは、外国政府に支払った「所得税」に限られます。住民税は所得税と性質が異なりますし、固定資産税は資産に対する税金です。ただし、日本の住民税は、アメリカの税務申告において「州税(State and Local Tax, SALT)」として項目別控除の対象となる可能性がありますが、年間$10,000の上限があります。

まとめ

アメリカの納税者が日本の年金や不動産から収入を得ている場合、全世界所得課税の原則により、これらの収入もアメリカで申告・納税の対象となります。しかし、「外国税額控除(Foreign Tax Credit)」という強力な制度が存在するため、日本で適法に支払った所得税は、多くの場合、アメリカの連邦所得税から差し引かれ、実質的な二重課税は回避されます。

この制度は非常に有効ですが、その計算は複雑であり、所得の種類(バスケット)、経費の配分、為替換算、そして控除額の制限など、多くの要素を正確に考慮する必要があります。特に、日米の税法や会計処理の差異が、計算を一層複雑にすることがあります。また、FBARやFATCAといった情報開示義務も忘れてはなりません。

正確な申告を行い、不必要なペナルティを避けるためには、国際税務に精通したアメリカの税理士(EAまたはCPA)に相談することを強くお勧めします。適切なアドバイスとサポートを得ることで、安心してアメリカでの納税義務を果たすことができるでしょう。

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