FBAR(外国銀行・金融口座報告書)やFATCA(外国口座税務コンプライアンス法)は、米国納税義務者が保有する海外資産をIRS(内国歳入庁)に開示することを義務付ける重要な制度です。これらの申告義務を怠ると、たとえ意図せずとも、非常に重い罰則が科される可能性があります。しかし、もしあなたが過去にFBARやFATCAの申告を漏らしていたとしても、絶望する必要はありません。IRSは「Streamlined Filing Compliance Procedures(SFCP)」という救済措置を提供しており、非意図的な未申告者に対して、罰則を大幅に軽減または免除する道を開いています。本記事では、FBAR/FATCAの基本から、未申告が発覚した場合のリスク、そしてStreamlined Procedureを最大限に活用してコンプライアンスを回復するための具体的な方法までを、プロの税理士の視点から網羅的かつ詳細に解説します。これさえ読めば、あなたの抱える不安を解消し、適切な次の一歩を踏み出すための知識が完全に身につくことでしょう。
基礎知識
FBAR(外国銀行・金融口座報告書)とは?
FBAR(Foreign Bank and Financial Accounts Report)は、米国の納税義務者が米国外に保有する銀行口座や証券口座、その他の金融資産の情報を財務省に報告することを義務付けるものです。正式名称はFinCEN Form 114です。
- 目的: テロ資金供与やマネーロンダリング、国際的な脱税を防止するため、米国の納税義務者が保有する海外金融資産を把握すること。
- 対象者: 米国市民、米国永住権保持者(グリーンカード保持者)、および米国居住者(Tax Resident)。これには、海外に居住する米国市民や永住権保持者も含まれます。
- 申告義務の基準: 暦年中の任意の時点で、米国外の金融口座の合計残高が10,000ドルを超えた場合、FBARの申告義務が発生します。この10,000ドルの基準は、単一の口座ではなく、全ての海外金融口座の合算額で判断されます。
- 申告期限: 毎年4月15日ですが、自動的に10月15日まで延長されます。
- 未申告の罰則: FBARの未申告に対する罰則は非常に重く、意図的(willful)な違反と非意図的(non-willful)な違反で大きく異なります。
- 非意図的な違反: 1件あたり最大12,921ドル(2023年時点、インフレ調整により変動)の民事罰が科される可能性があります。
- 意図的な違反: 1件あたり最大129,210ドル、または違反時の口座残高の50%のいずれか高い方の罰金が科される可能性があり、さらに刑事罰(懲役刑)の対象となることもあります。
FATCA(外国口座税務コンプライアンス法)とは?
FATCA(Foreign Account Tax Compliance Act)は、米国の納税義務者が海外に保有する特定の金融資産に関する情報をIRSに報告することを義務付ける法律です。FBARと並び、海外資産の透明性を高めるための重要な制度です。
- 目的: 米国納税義務者による海外資産を利用した脱税を防止するため、海外の金融機関からIRSに口座情報を提供させること。
- 対象者: FBARと同様に、米国市民、米国永住権保持者、および米国居住者。
- 申告義務の基準: 個人の状況(米国居住者か米国外居住者か、独身か夫婦合算申告か)によって異なります。
- 米国居住者:
- 独身または夫婦個別申告: 年末時点で50,000ドル超、または暦年中の任意の時点で75,000ドル超。
- 夫婦合算申告: 年末時点で100,000ドル超、または暦年中の任意の時点で150,000ドル超。
- 米国外居住者:
- 独身または夫婦個別申告: 年末時点で200,000ドル超、または暦年中の任意の時点で300,000ドル超。
- 夫婦合算申告: 年末時点で400,000ドル超、または暦年中の任意の時点で600,000ドル超。
- これらの基準を超えた場合、Form 8938(Statement of Specified Foreign Financial Assets)を所得税申告書(Form 1040)に添付して提出する必要があります。
- 米国居住者:
- FBARとの違い:
- 管轄機関: FBARは財務省(FinCEN)、FATCAはIRS。
- 申告フォーム: FBARはFinCEN Form 114、FATCAはForm 8938。
- 対象資産: FBARは銀行・証券口座が主。FATCAはより広範な「特定の外国金融資産」が対象で、例えば海外の株式や債券、海外の投資ファンドなども含まれる場合があります。
- 申告基準額: FBARは10,000ドルと低い基準で、FATCAはそれよりも高い基準が設定されています。
- 申告方法: FBARはオンラインのみで提出。FATCAは所得税申告書に添付して提出。
- 未申告の罰則: FATCAのForm 8938を未申告の場合、10,000ドルの罰金が科され、IRSからの通知後も不履行が続くと、追加で最大50,000ドルの罰金が科される可能性があります。さらに、未申告の外国金融資産から生じた所得に対する税金の過少申告があった場合、その税額の40%の過少申告ペナルティが適用されることもあります。
詳細解説
Streamlined Filing Compliance Procedures (SFCP) とは?
Streamlined Filing Compliance Procedures(SFCP)は、過去にFBARやFATCA(Form 8938)の申告を怠っていた米国納税義務者が、非故意的な理由によるものである場合に、大幅に軽減された罰則でコンプライアンスを回復できるIRSのプログラムです。これは、海外資産の申告漏れに関する最も主要な救済措置の一つであり、多くの納税者にとって非常に重要な道筋となります。
- 目的: 意図的ではない申告漏れをした納税者が、過度な罰則を恐れることなく、自発的にコンプライアンスを回復することを奨励する。
- 対象者: 米国市民、米国永住権保持者、および米国居住者で、FBARやFATCAの申告義務があったにもかかわらず、非故意的に(willfullyではなく)これらの申告を怠っていた者。
- 適用条件: 最も重要な条件は「非故意性(non-willful conduct)」です。これは、税法上の義務を認識していなかった、またはその義務を理解していなかった、あるいは軽率な行動や過失によるものであり、意図的に法律を無視したり、脱税を企図したりしたものではないことを意味します。
Streamlined Domestic Offshore Procedures (SDOP) と Streamlined Foreign Offshore Procedures (SFOP) の違い
SFCPは、納税者の居住地によって2つの異なるプログラムに分かれています。それぞれ適用条件やペナルティが異なります。
Streamlined Domestic Offshore Procedures (SDOP)
SDOPは、米国に居住する納税者向けのStreamlined Procedureです。
- 主な対象者: 米国に居住する米国市民、米国永住権保持者、または米国居住者。IRSの「非居住者」の定義を満たさない者。
- 適用条件:
- 非故意性: FBARやFATCAの未申告が、非故意的な理由によるものであること。これは宣誓供述書(Form 14654)で詳細に説明し、証明する必要があります。
- 過去3年間の所得税申告書の提出: 過去3年間の所得税申告書(Form 1040)を提出していること。もし未提出の場合は、修正申告(Form 1040-X)ではなく新規申告として提出する必要があります。
- 過去6年間のFBAR提出: 過去6年間のFBAR(FinCEN Form 114)を提出していること。
- 提出書類:
- 過去3年間の修正所得税申告書(Form 1040-X): 修正前の申告書に記載されていなかった海外資産から生じる所得(利息、配当、キャピタルゲインなど)を報告し、追加の納税義務があれば支払います。
- Form 8938(該当する場合): 修正申告に添付して提出します。
- 過去6年間のFBAR(FinCEN Form 114): 未申告であったFBARを提出します。
- Form 14654 (Certification by U.S. Person Residing in the United States for Streamlined Domestic Offshore Procedures): 非故意性を証明するための詳細な説明文(statement)を添付し、署名して提出します。
- ペナルティ:
- ミスパフォーマンスペナルティ(Miscellaneous Offshore Penalty): 過去6年間で最も残高が高かった海外金融資産の最高合計残高の5%が課されます。このペナルティは、FBARやFATCAの未申告に対する一般的な罰則よりも大幅に軽減されています。
- 所得税および利息: 修正申告によって追加で発生する所得税と、それに対する利息は支払う必要があります。
Streamlined Foreign Offshore Procedures (SFOP)
SFOPは、米国外に居住する納税者向けのStreamlined Procedureです。米国外に居住する米国市民や永住権保持者に多く利用されます。
- 主な対象者: 米国外に居住する米国市民、米国永住権保持者、または米国居住者。具体的には、過去3年間で、各年において少なくとも330日間米国外に物理的に滞在していること(物理的滞在テスト: Physical Presence Test)が条件となります。
- 適用条件:
- 非故意性: FBARやFATCAの未申告が、非故意的な理由によるものであること。これは宣誓供述書(Form 14653)で詳細に説明し、証明する必要があります。
- 米国外居住者であること: 上記の物理的滞在テストを満たすこと。
- 過去3年間の所得税申告書の提出: 過去3年間の所得税申告書(Form 1040)を提出していること。未提出の場合は新規申告として提出。
- 過去6年間のFBAR提出: 過去6年間のFBAR(FinCEN Form 114)を提出していること。
- 提出書類:
- 過去3年間の修正所得税申告書(Form 1040-X): 修正前の申告書に記載されていなかった海外資産から生じる所得を報告し、追加の納税義務があれば支払います。
- Form 8938(該当する場合): 修正申告に添付して提出します。
- 過去6年間のFBAR(FinCEN Form 114): 未申告であったFBARを提出します。
- Form 14653 (Certification by U.S. Person Residing Outside the United States for Streamlined Foreign Offshore Procedures): 非故意性と米国外居住者であることを証明するための詳細な説明文(statement)を添付し、署名して提出します。
- ペナルティ:
- ミスパフォーマンスペナルティの免除: SDOPで課される5%のミスパフォーマンスペナルティは、SFOPの対象者には原則として免除されます。これは、米国外居住者にとって非常に大きなメリットです。
- 所得税および利息: 修正申告によって追加で発生する所得税と、それに対する利息は支払う必要があります。
「非故意性 (Non-Willful Conduct)」の定義と判断基準
Streamlined Procedureを利用する上で最も重要な要素が「非故意性」の証明です。IRSは、非故意的な行動を「故意ではない行動、すなわち、法律上の要件を無視する意図的な試み、または既知の法的義務を意図的に無視する行為ではないもの」と定義しています。簡単に言えば、「知らなかった」「うっかり忘れていた」「理解していなかった」といった過失や無知によるものがこれに該当します。
- IRSの判断基準:
- 知識の欠如: FBARやFATCAの申告義務があることを知らなかった、またはその内容を正しく理解していなかったという事実。
- 専門家への相談: 過去に税理士や会計士に相談していたが、海外資産の申告について適切なアドバイスを受けられなかった、またはアドバイスを誤解していた場合。
- 一般的な慣行: 周囲の米国人が同様の申告を行っていなかったため、自分も申告義務がないと誤解していた場合。
- 教育の背景: 税務に関する専門的な知識を持たない一般の納税者であること。
- 情報の入手可能性: 納税者が義務に関する情報を容易に入手できる環境にいなかったこと。
- 行動の一貫性: 納税者が過去に意図的に申告を隠蔽しようとした形跡がないこと。
- 宣誓供述書 (Form 14653/14654) の重要性:
- このフォームに添付する説明文は、あなたの非故意性をIRSに納得させるための最も重要な証拠となります。
- 具体的な状況、なぜ申告義務を知らなかったのか、いつその義務を知ったのか、どのようにして Streamlined Procedureの存在を知ったのかなどを、詳細かつ正直に記述する必要があります。
- 抽象的な表現ではなく、「私は〇〇の理由でFBARの存在を知りませんでした。〇〇という情報源から初めてその義務を知り、直ちに専門家に相談しました」といった具体的な記述が求められます。
- この説明文は、IRSがあなたのケースを審査する際の主要な判断材料となるため、専門家と十分に相談し、慎重に作成することが不可欠です。虚偽の陳述は、Streamlined Procedureの適用を却下されるだけでなく、より重い罰則につながる可能性があります。
具体的なケーススタディ・計算例
ケース1: 米国居住者 (SDOP) の場合
状況設定:
ジョンは米国市民で、過去10年間ずっと米国に居住しています。彼は日本の銀行に預金口座と証券口座を持っていましたが、FBARやFATCAの申告義務があることを知りませんでした。毎年、日本の口座の合計残高は、FBARの10,000ドルとFATCA(Form 8938)の50,000ドル(独身の場合)の申告基準を常に超えていました。2023年に友人の話でFBAR/FATCAの存在を知り、未申告であったことに気づきました。2017年から2022年までの各年の海外口座の最高残高は以下の通りです。
- 2017年: $120,000
- 2018年: $130,000
- 2019年: $150,000
- 2020年: $140,000
- 2021年: $160,000
- 2022年: $170,000
日本の口座からは毎年約1,000ドルの利息収入がありましたが、これも米国で申告していませんでした。
SDOPでの対応:
- 非故意性の証明: ジョンは税務に関して無知であり、意図的に申告を怠ったわけではないことをForm 14654に添付する説明文で詳細に記述します。例えば、「私は海外資産の申告義務について全く認識しておらず、米国の税務申告は一般的な給与所得のみを対象と考えていました。2023年に友人からFBARの存在を聞き、初めて自身の義務を知りました。その後、すぐに専門家である税理士に相談し、Streamlined Procedureの利用を決めました。」といった内容です。
- 過去3年間の修正所得税申告書 (Form 1040-X) の提出: 2020年、2021年、2022年分のForm 1040-Xを提出し、日本の口座からの利息収入(各年$1,000)を追記します。これにより、追加の所得税が発生します。
- 例: 各年の追加税額が$100だった場合、$100 x 3年 = $300 + 利息をIRSに支払います。
- Form 8938の提出: 2020年、2021年、2022年分のForm 8938を各年のForm 1040-Xに添付して提出します。
- 過去6年間のFBAR (FinCEN Form 114) の提出: 2017年から2022年までの各年分のFBARを提出します。
- Form 14654の提出: 上記の書類と共にForm 14654を提出します。
ペナルティ計算例:
SDOPでは、過去6年間で最も残高が高かった海外金融資産の最高合計残高の5%がミスパフォーマンスペナルティとして課されます。
- ジョンの場合、過去6年間(2017年~2022年)で最も残高が高かったのは2022年の$170,000です。
- ペナルティ: $170,000 × 5% = $8,500
ジョンは、追加の所得税(約$300)と利息、そして$8,500のミスパフォーマンスペナルティを支払うことで、FBAR/FATCAの未申告問題を解決できます。これは、意図的な違反と見なされた場合の数十万ドルに及ぶ罰則に比べて、大幅な軽減となります。
ケース2: 米国外居住者 (SFOP) の場合
状況設定:
アリスは米国市民ですが、過去15年間ずっと日本に居住しており、米国の自宅に戻ったことはありません。彼女は日本の銀行に預金口座と証券口座を持っており、FBARおよびFATCAの申告基準を常に超えていました。日本での生活が長く、米国の税務義務に関する情報に触れる機会がほとんどなかったため、FBARやFATCAの存在を知りませんでした。2023年、日本の税理士に米国の税務申告について相談した際に、FBAR/FATCAの申告義務を知りました。2017年から2022年までの各年の海外口座の最高残高は以下の通りです。
- 2017年: $220,000
- 2018年: $230,000
- 2019年: $250,000
- 2020年: $240,000
- 2021年: $260,000
- 2022年: $270,000
日本の口座からは毎年約2,000ドルの利息収入がありましたが、これも米国で申告していませんでした。
SFOPでの対応:
- 米国外居住者であることの証明: アリスは過去3年間(2020年、2021年、2022年)の各年において、330日以上日本に物理的に滞在していることを証明します(物理的滞在テスト)。
- 非故意性の証明: アリスはForm 14653に添付する説明文で、自身の非故意性を詳細に記述します。「私は長年米国外に居住しており、米国の税法、特に海外資産に関する申告義務について全く知識がありませんでした。日本の税理士に相談するまで、FBARやFATCAという言葉すら知りませんでした。意図的に申告を避けたことは一度もありません。」といった内容です。
- 過去3年間の修正所得税申告書 (Form 1040-X) の提出: 2020年、2021年、2022年分のForm 1040-Xを提出し、日本の口座からの利息収入(各年$2,000)を追記します。これにより、追加の所得税が発生します。
- 例: 各年の追加税額が$200だった場合、$200 x 3年 = $600 + 利息をIRSに支払います。
- Form 8938の提出: 2020年、2021年、2022年分のForm 8938を各年のForm 1040-Xに添付して提出します。
- 過去6年間のFBAR (FinCEN Form 114) の提出: 2017年から2022年までの各年分のFBARを提出します。
- Form 14653の提出: 上記の書類と共にForm 14653を提出します。
ペナルティ計算例:
SFOPの最大のメリットは、ミスパフォーマンスペナルティが免除される点です。
- アリスは、SDOPのケース1で課されたような5%のミスパフォーマンスペナルティは免除されます。
- アリスが支払うのは、追加の所得税(約$600)と利息のみです。
アリスは、米国外居住者であるSFOPの条件を満たすことで、大幅なペナルティの免除を受け、FBAR/FATCAの未申告問題を解決できます。
メリットとデメリット
Streamlined Procedureのメリット
Streamlined Procedureは、FBAR/FATCAの未申告に悩む多くの米国納税義務者にとって、非常に魅力的な救済措置です。
- 重いペナルティの軽減または免除: 最も大きなメリットは、FBARやFATCAの未申告に対する法定制限額の罰則に比べて、大幅に軽減された民事罰(SDOPの5%ペナルティ)または完全に免除されるペナルティ(SFOP)が適用される点です。意図的な違反と見なされた場合の刑事訴追のリスクや、口座残高の50%に及ぶ巨額の罰金から納税者を保護します。
- 刑事訴追のリスク回避: Streamlined Procedureは、非故意的な違反者向けのプログラムであり、提出が受理されれば、通常、IRSは刑事捜査を行いません。これにより、納税者は安心してコンプライアンスを回復できます。
- 税務コンプライアンスの回復: 過去の申告漏れを是正し、将来にわたって米国の税法に完全に準拠した状態に戻ることができます。これにより、IRSからの問い合わせや監査への不安から解放されます。
- 精神的負担の軽減: 未申告という事実が精神的な重荷となっている納税者にとって、このプログラムは大きな安心をもたらします。適切な手続きを踏むことで、問題が解決に向かうという確信を得られます。
- 他のオフショア開示プログラムよりも簡素: 過去に存在したOffshore Voluntary Disclosure Program (OVDP) など、より厳格で複雑なプログラムと比較して、Streamlined Procedureは手続きが簡素化されており、費用も比較的抑えられます。
Streamlined Procedureのデメリット
一方で、Streamlined Procedureにはいくつかの考慮すべき点や潜在的なデメリットも存在します。
- 申告準備の手間とコスト: 過去3年間の所得税修正申告と過去6年間のFBAR申告、そして非故意性を証明する詳細な説明文の作成は、非常に複雑で時間のかかる作業です。海外の金融機関から過去の口座情報を収集するだけでも労力を要します。多くの場合、専門家(米国税理士や公認会計士)のサポートが不可欠となり、そのための費用が発生します。
- 非故意性の証明の難しさ: プログラムの適用は「非故意性」の証明にかかっています。IRSは提出された説明文を厳しく審査し、意図的な脱税の意図がなかったことを納得させる必要があります。不十分な説明や矛盾する情報があった場合、適用が却下されるリスクがあります。
- IRSによる審査と監査の可能性: Streamlined Procedureを提出したからといって、IRSが一切の審査を行わないわけではありません。提出された情報に疑問がある場合や、非故意性が疑われる場合、IRSは追加情報の提供を求めたり、監査(examination)を実施したりする可能性があります。
- 過去の税金と利息の支払い: ペナルティは軽減または免除されますが、修正申告によって追加で発生する所得税とそれに対する利息は支払う必要があります。未申告の海外所得が多額であった場合、この税金と利息も相当な金額になる可能性があります。
- 「故意」と判断された場合のリスク: もしIRSが提出された情報や証拠に基づいて、未申告が「故意」であったと判断した場合、Streamlined Procedureは適用されず、より重い罰則(高額な民事罰、刑事訴追の可能性)に直面する可能性があります。このため、自身の状況が本当に非故意であると自信を持って言える場合にのみ、このプログラムを利用すべきです。
よくある間違い・注意点
Streamlined Procedureを検討する際に、納税者が陥りやすい間違いや特に注意すべき点を以下にまとめます。
- FBARとFATCAの混同、または一方のみの申告: FBARとFATCA(Form 8938)は異なる法律に基づく申告義務であり、それぞれ独立して提出する必要があります。どちらか一方だけを申告すれば良いと誤解しているケースや、FBARの基準は満たしているがFATCAの基準は満たしていない、あるいはその逆といった状況を正しく判断できないケースが多く見られます。両方の義務基準を正確に理解し、必要に応じて両方を申告することが重要です。
- 「非故意性」の誤解と不十分な説明: Streamlined Procedureの最も重要な要件である「非故意性」について、納税者が誤解していることがあります。「知らなかった」という一言だけでは不十分です。なぜ知らなかったのか、いつその事実を知ったのか、どのようにしてこのプログラムを知ったのかなど、具体的な状況と経緯を詳細かつ説得力のある形で説明する必要があります。IRSは、納税者が意図的に法律を無視したのか、それとも本当に知らなかったのかを厳しく見極めます。
- 必要書類の不備や提出漏れ: 過去3年間の修正申告書、過去6年間のFBAR、そして宣誓供述書(Form 14653/14654)はすべて揃えて提出する必要があります。特に、海外金融機関から過去の口座残高証明や取引明細を取得するのに時間がかかることが多いため、早めに準備を開始することが重要です。書類の不備や漏れは、手続きの遅延や却下につながります。
- 専門家の助言なしでの自己判断: FBAR/FATCAの申告義務やStreamlined Procedureの適用条件は複雑であり、個々の状況によって判断が異なります。インターネット上の情報だけで自己判断し、手続きを進めることは非常に危険です。特に「非故意性」の判断や説明文の作成は専門的な知識と経験を要します。必ず米国税務に精通した専門家(米国税理士、公認会計士)に相談し、適切なアドバイスを受けるべきです。
- 過去の申告漏れが故意と判断されるリスク: Streamlined Procedureは非故意的な違反者向けであり、もしIRSがあなたの未申告が「故意」であったと判断した場合、このプログラムは利用できません。例えば、過去にIRSから海外口座に関する問い合わせを受けていたにもかかわらず対応しなかった、海外資産を隠蔽するような行為があった、または非常に高額な海外資産を長期にわたって申告しなかった場合などは、故意と判断されるリスクが高まります。このような状況では、Streamlined Procedureではなく、より厳格な自発的開示プログラム(Voluntary Disclosure Program, VDP)の利用を検討すべきです。VDPは刑事訴追のリスクを回避できる点でメリットがありますが、Streamlined Procedureよりも重い罰則が課されます。自身の状況が「非故意」の範囲内であるかどうかの判断は、専門家と慎重に行う必要があります。
よくある質問 (FAQ)
Q1: Streamlined Procedureを利用すべきかどうかの判断基準は?
A1: まず、あなたがFBARやFATCAの申告義務を負っている米国納税義務者であるかを確認します。次に、過去の未申告が「非故意性(non-willful conduct)」によるものであると自信を持って言えるかどうかが重要な判断基準です。つまり、意図的に脱税を企図したのではなく、単に法律を知らなかった、理解していなかった、または過失によるものであった場合です。もし、意図的な要素が少しでもあると感じる場合は、Streamlined Procedureではなく、Voluntary Disclosure Program (VDP) などの他の選択肢を検討する必要があります。最終的な判断は、必ず米国税務に精通した専門家と相談して行ってください。
Q2: 非故意性を証明するには具体的に何をすればよいか?
A2: 非故意性を証明するためには、Form 14653(米国外居住者向け)またはForm 14654(米国内居住者向け)に添付する説明文(statement)が最も重要です。この説明文には、以下の点を具体的に記述する必要があります。
- FBAR/FATCAの申告義務があることをいつ、どのように知ったか。
- なぜそれまで申告義務を知らなかったのか、または誤解していたのか。
- あなたの教育背景や税務知識のレベル。
- 海外資産の申告に関する専門家からのアドバイスの有無やその内容。
- 申告漏れが発覚した後、どのように行動したか(例:直ちに専門家に相談した)。
- 意図的に海外資産を隠蔽しようとした行為が一切なかったこと。
抽象的な表現ではなく、具体的な日付、出来事、感情を含めて、誠実に、かつ詳細に説明することが求められます。
Q3: Streamlined Procedureを提出した後、IRSから監査を受ける可能性はあるか?
A3: Streamlined Procedureを提出したからといって、IRSからの監査(examination)が完全に免除されるわけではありません。IRSは提出された書類を審査し、提出された情報に疑問がある場合、または非故意性が疑われる場合、追加情報の提供を求めたり、監査を実施したりする可能性があります。しかし、非故意性が認められ、適切に手続きが完了したケースでは、IRSが積極的に監査を行う可能性は比較的低いとされています。重要なのは、提出する情報が正確であり、非故意性の説明が一貫性があり、説得力があることです。
Q4: 過去の税金も支払う必要があるのか?
A4: はい、Streamlined Procedureを利用した場合でも、過去3年間の修正申告によって追加で発生する所得税と、それに対する利息は支払う必要があります。このプログラムは、FBARやFATCAの未申告に対する罰則(ペナルティ)を軽減または免除するものであり、本来支払うべき税金と利息の義務を免除するものではありません。
Q5: どのような場合にStreamlined Procedureを利用できないのか?
A5: 以下のような場合には、Streamlined Procedureを利用できない可能性が高いです。
- 未申告が「故意(willful)」によるものであると判断される場合。
- IRSからすでにFBAR/FATCAの未申告に関する通知や問い合わせを受けている場合。
- IRSによる税務調査がすでに開始されている場合。
- 刑事訴追の対象となっている場合。
- 過去にIRSのOffshore Voluntary Disclosure Program (OVDP) など、他のオフショア開示プログラムに参加したことがある場合。
これらの状況に該当する、または該当する可能性がある場合は、Streamlined Procedure以外の救済措置を検討するため、直ちに専門家に相談することが不可欠です。
まとめ
FBARやFATCAの申告義務は、米国納税義務者にとって避けて通れない重要な責務です。もしあなたが過去にこれらの申告を怠っていたとしても、パニックに陥る必要はありません。IRSが提供するStreamlined Filing Compliance Proceduresは、非故意的な未申告者にとって、重い罰則から解放され、コンプライアンスを回復するための非常に有効な救済措置です。
Streamlined Procedureには、米国居住者向けのSDOPと米国外居住者向けのSFOPがあり、特にSFOPは、米国外に居住する米国市民や永住権保持者にとって、ミスパフォーマンスペナルティが免除されるという大きなメリットがあります。しかし、このプログラムの適用は「非故意性」の証明にかかっており、その判断は複雑で専門的な知識を要します。
FBAR/FATCAの未申告は放置すればするほど、発覚時のリスクや罰則が重くなる可能性があります。IRSのデータマッチング技術は年々向上しており、海外金融機関からの情報提供も強化されています。手遅れになる前に、自身の状況を正確に把握し、Streamlined Procedureの適用可能性について、必ず米国税務に精通したプロの税理士や公認会計士に相談してください。専門家は、あなたの状況を評価し、「非故意性」の証明をサポートし、適切な書類作成と提出を代行することで、あなたの不安を解消し、スムーズなコンプライアンス回復を支援してくれます。今こそ、過去の不安を解消し、健全な税務状況を取り戻すための行動を起こす時です。
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