H-4ビザ(H-1B保持者の配偶者)やL-2ビザ(L-1保持者の配偶者)で米国に帯同しているものの、就労していない、あるいは就労を開始したばかりという方は少なくありません。この場合、確定申告における「配偶者の申告方法」をどう選ぶかで、世帯全体の税負担が大きく変わります。ITINの取得方法自体は別記事で解説していますので、本記事では「そもそもどの申告方法を選ぶべきか」という判断の枠組みに焦点を当てます。
配偶者の税務上の居住区分は「就労の有無」では決まらない
まず整理しておきたいのは、H-4・L-2の配偶者が米国税務上「居住者」か「非居住者」かは、就労しているかどうかではなく、実質的滞在日数テスト(Substantial Presence Test)で判定されるという点です。過去3年間の滞在日数を加重平均し、183日以上になれば、就労していなくても税務上は米国居住者となります。多くの帯同配偶者は、赴任からある程度の期間が経過すると、就労の有無にかかわらずこのテストを満たし、自動的に米国居住者に該当します。
選択肢1:配偶者がそれぞれ独立して申告する
配偶者が実質的滞在日数テストを満たしていない(赴任直後など)場合、主たるビザ保持者(H-1B・L-1)は「夫婦個別申告(Married Filing Separately)」を選ぶことができます。ただしこの申告方法は、税率区分が不利になりやすく、多くの税額控除(教育費控除等)が利用できなくなるため、一般的には最も税負担が重くなりやすい選択肢です。
選択肢2:Section 6013(g)の選択で夫婦合算申告(MFJ)を行う
内国歳入法Section 6013(g)は、非居住者である配偶者を「その年全体を通じて米国居住者であったもの」とみなす選択を認めています。この選択を行うと、夫婦合算申告(Married Filing Jointly, MFJ)が可能になり、より有利な税率区分・標準控除額の適用を受けられます。ITINが必要な場合は、この選択に関する声明書とともにForm W-7を最初の合算申告書に添付して申請します。
見落とされがちな最大の落とし穴:配偶者の「全世界所得」が課税対象になる
Section 6013(g)の選択でもっとも見落とされがちなのが、この選択によって配偶者の全世界所得が米国の課税対象になるという点です。具体的には、次のような影響が生じます。
- 配偶者が日本に残したまま保有している銀行口座・NISA口座・iDeCo等について、FBAR(外国口座報告書)やForm 8938(FATCA報告)の報告義務が生じる可能性がある
- NISAや投資信託が「PFIC(受動的外国投資会社)」に該当する場合、非常に不利な税制(Section 1291の超過分配課税)の対象になり、税務申告が著しく複雑になる
- この選択は一度行うと、明示的に撤回しない限り翌年以降も継続して適用される(撤回後の再選択は原則できない)
つまり、MFJによる税率上のメリットだけを見て安易にこの選択をすると、配偶者が日本で従来どおり運用していたNISAや投資信託が思わぬ形で複雑な米国課税・報告義務の対象になってしまうリスクがあります。特に日本で資産運用を継続している配偶者がいる世帯では、MFJによる節税額と、PFIC・FBAR対応にかかる事務コスト・追加課税リスクを比較したうえで判断する必要があります。
判断の目安
| 状況 | おすすめの方向性 |
|---|---|
| 配偶者に日本国内の金融資産(NISA・投資信託等)がほとんどない | 6013(g)選択によるMFJのメリットが比較的出やすい |
| 配偶者が日本でNISA・投資信託を継続保有している | PFIC課税リスクを踏まえ、選択前に必ず試算が必要 |
| 赴任期間が短く、近く帰国予定である | 選択の継続義務(撤回しない限り翌年以降も適用)を踏まえて慎重に判断 |
よくある質問
Q. H-4 EADで就労している場合は扱いが変わりますか?
A. 就労許可(EAD)があればSSNを取得できるため、ITIN申請の手間は不要になりますが、居住区分の判定(実質的滞在日数テスト)や6013(g)選択の要否といった判断の枠組み自体は、就労の有無にかかわらず同じです。
Q. 一度6013(g)を選択した後、撤回するとどうなりますか?
A. 撤回した年以降は再びこの選択を行うことができなくなります(原則として一度きりの選択)。撤回後は、配偶者が独立して実質的滞在日数テストを満たしているかどうかに応じて、通常の居住者・非居住者判定に戻ります。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務アドバイスに代わるものではありません。配偶者の資産状況によって最適な選択は大きく異なるため、6013(g)の選択を行う前に必ず専門家によるシミュレーションを受けることをおすすめします。
まとめ
H-4・L-2配偶者の申告方法は、単に「MFJの方が税率が有利」という理由だけで決めるべきではありません。Section 6013(g)の選択は配偶者の全世界所得を米国課税の対象に取り込むため、日本に残したNISAや投資信託がPFIC課税という思わぬ負担を生む可能性があります。税率上のメリットと報告義務・PFICリスクの両面を比較したうえで、慎重に判断することをおすすめします。
