「Exit Tax(出口税)」という言葉は、駐在員の帰任時の税務手続きの文脈でも使われますが、本来のExit Tax(内国歳入法Section 877A)が実際に適用されるのは、米国市民権を放棄する人、または長期にわたりグリーンカードを保有してきた人がその永住権を放棄・喪失する場合に限られます。一般的な駐在員(L-1・E-2ビザ等)で、グリーンカードを取得したことがない方には、原則としてこの制度は適用されません。本記事では、グリーンカード保有者に特有のExit Taxの仕組みと、課税対象となる「Covered Expatriate(対象者)」の判定基準を解説します。
誰が対象になるのか:Long-Term Resident(長期居住者)の定義
Exit Taxがグリーンカード保有者に適用されるのは、その人が税務上「Long-Term Resident(長期居住者)」に該当し、かつ永住権を放棄・喪失した場合です。Long-Term Residentとは、永住権終了直前の15課税年度のうち、8年以上にわたってグリーンカードを保有していた個人を指します。日米の租税条約上、日本居住者としての地位を主張して米国での課税上の居住者資格を離脱した場合(Treaty Tie-Breakerの適用)も、税務上は永住権の放棄とみなされる点に注意が必要です。つまり、グリーンカードを正式に返納していなくても、条約上の取り扱いによって「みなし放棄」とされるケースがあります。
Covered Expatriate(対象者)の3つの判定基準
Long-Term Residentが永住権を放棄する際、以下の3つの基準のいずれか1つでも該当すると「Covered Expatriate」として、Exit Taxの本格的な課税対象になります。
- 純資産基準:放棄日時点の全世界純資産が200万ドル以上
- 平均納税額基準:放棄前5年間の平均年間連邦所得税額が一定の基準額を超えている(2026年分は211,000ドル。この基準額は毎年インフレ調整される)
- 納税義務適合基準:過去5年間の連邦税務申告義務を全て適正に履行してきたことをForm 8854で宣誓・証明できない
特に見落とされがちなのが3つ目の基準です。資産規模が小さく、平均納税額も基準以下であっても、過去の確定申告に漏れや誤りがあり、それをForm 8854で「適正に履行してきた」と証明できない場合、その一点だけでCovered Expatriateに該当してしまいます。
課税の仕組み:みなし譲渡課税(Mark-to-Market)
Covered Expatriateに該当すると、永住権放棄の前日時点で、全世界のほぼ全ての資産(保有する日本の不動産や有価証券を含む)を時価で売却したものとみなして(Mark-to-Market)、含み益に対してキャピタルゲイン課税が行われます。この際、2026年分は910,000ドルまでの含み益が非課税となる除外枠が設けられています。この除外枠を超えた部分について、その年の適用税率でキャピタルゲイン課税が発生します。年金・退職金口座(Deferred Compensation)や非付与者信託(Non-Grantor Trust)については、通常の資産とは異なる特別なルール(将来の分配時に30%源泉徴収が課される等)が適用されるため、個別の資産ごとに取り扱いを確認する必要があります。
見落とされがちな論点:贈与・遺贈を受け取る米国側の家族への課税
Covered Expatriateになった後、その人から米国市民・米国居住者が贈与や遺贈を受け取る場合、内国歳入法Section 2801に基づき、受け取った側(米国の家族)に対して、贈与税・遺産税の最高税率に相当する税金が課される可能性があります。つまり、永住権を放棄した本人だけでなく、米国に残る家族(例えば米国籍を持つお子様など)にとっても影響が及ぶ制度である点は、意外と知られていません。
よくある質問
Q. グリーンカードを取得してからまだ5年程度ですが、対象になりますか?
A. 直近15課税年度のうち8年以上グリーンカードを保有していない場合、そもそもLong-Term Residentの定義に該当しないため、Exit Taxの対象にはなりません。取得から5年程度であれば、通常は対象外です。
Q. Form I-407(永住権放棄届)を提出すれば手続きは完了ですか?
A. 移民局への手続き(Form I-407)は永住権自体を放棄する手続きであり、税務上のExit Taxの申告(Form 8854の提出)とは別の手続きです。Form 8854を提出しない限り、税務上は永住権を放棄していないとみなされ続け、無申告加算税の対象になる可能性もあるため、両方の手続きを漏れなく行う必要があります。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務アドバイスに代わるものではありません。基準額は毎年改定されるため、実際の判定・申告にあたっては最新の数値を確認のうえ、専門家にご相談ください。
まとめ
Exit Taxは、一般的な駐在員の帰任というより、長年グリーンカードを保有してきた方が永住権を手放す場面に特有の制度です。純資産・平均納税額・納税義務適合という3つの判定基準のいずれか1つでも該当すればCovered Expatriateとなり、全世界資産へのみなし譲渡課税という重い負担が生じます。グリーンカードの保有期間が8年に近づいている方、あるいは永住権の返納を検討している方は、放棄前に必ず専門家によるシミュレーションを受けることをおすすめします。
