日本に居住したまま、一度も米国に住んだことがなくても、米国内に賃貸不動産を所有していれば米国への申告義務が生じます。しかし、多くの非居住者オーナーが見落としているのが「何もしなければ、家賃収入の総額(グロス)に対して一律30%が源泉徴収されてしまう」という点です。適切な手続きを取れば、必要経費を差し引いた純利益(ネット)に対する累進課税に切り替えることができます。本記事では、日本居住のまま米国不動産投資を行う場合の申告方法を解説します。
デフォルトの扱い:家賃総額に対する30%源泉徴収
非居住外国人が受け取る米国内不動産の賃貸収入は、税務上「FDAP所得(Fixed, Determinable, Annual, or Periodical Income)」に分類され、原則として賃貸収入の総額(グロス)に対して30%の源泉徴収が課されます。ここで重要なのは、減価償却費、住宅ローン利息、固定資産税、管理会社への手数料、修繕費といった、通常であれば当然に差し引けるはずの必要経費が一切控除されないという点です。物件の管理を委託している不動産管理会社やテナントが、この30%を源泉徴収してIRSへ納付する義務を負います。多くの場合、実際の純利益率よりもはるかに重い税負担となり、特にローンを組んで購入した物件では、実際にはキャッシュフローが赤字であるにもかかわらず、家賃総額に対して30%が徴収されるという事態になりかねません。
救済策:Section 871(d)による「Net Election(純額課税の選択)」
この不利な扱いを回避するため、内国歳入法Section 871(d)は、不動産賃貸所得を「あたかも米国内の事業と実質的に関連する所得(Effectively Connected Income, ECI)であるかのように扱う」選択(Net Election)を認めています。この選択を行うと、賃貸収入はForm 1040NRのSchedule Eで申告し、減価償却・ローン利息・固定資産税・管理費・修繕費などの必要経費を通常どおり控除したうえで、純利益に対して米国居住者と同じ累進税率が適用されます。物件によっては、経費控除後に赤字(Passive Activity Lossの制限には注意が必要)となり、その年の米国税負担がほぼゼロになるケースもあります。
選択の手続き:Form W-8ECIの提出が鍵
Net Electionを有効にするには、賃借人または不動産管理会社に対してForm W-8ECIを提出する必要があります。これにより、支払者側は本来行うべき30%の源泉徴収を停止できます。この選択は、最初にこの取り扱いを選んだ年度以降、明示的に撤回(IRSの承認を得て取り消し)しない限り、継続して有効になります。逆に言えば、Form W-8ECIを提出せず何もしなければ、毎年グロス30%の源泉徴収が続くことになるため、物件を取得した初年度、あるいはこれまで対応してこなかった場合はできるだけ早く手続きを行うべきです。
売却時にはFIRPTAが別途適用される
Net Electionはあくまで保有中の「賃貸収入」に関する取り扱いです。将来その物件を売却する際には、これとは別にFIRPTAに基づく源泉徴収(原則15%)と、減価償却リキャプチャーを含むキャピタルゲイン課税が適用されます。保有中はNet Electionで純額課税、売却時はFIRPTA・リキャプチャーという、フェーズごとに異なる制度が関わってくる点を理解しておく必要があります。
毎年の申告義務
Net Electionを行った場合、米国での賃貸事業から実際に利益が出ているかどうかにかかわらず、毎年Form 1040NRの提出が必要です。申告を怠ると、税務署から見た場合「Net Electionの選択が有効に継続しているのか」が不透明になり、後年になって選択の有効性そのものを争われるリスクや、無申告加算税の対象になるリスクがあります。
よくある質問
Q. Form W-8ECIを出し忘れて何年も30%源泉徴収されてきた場合、取り戻せますか?
A. 過去の年度についても、期限内であればForm 1040NRを提出し、Net Electionを遡って適用した計算に基づく還付を請求できる場合があります。ただし、還付請求には時効(原則として申告期限から3年)があるため、気づいた時点で早急に過去分の申告状況を確認することをおすすめします。
Q. 米国にLLCを設立して物件を保有した場合も同じ話になりますか?
A. 単独オーナーのLLCがDisregarded Entityとして扱われる場合、税務上はオーナー個人が直接保有しているのと同様の扱いになるため、Net Electionの考え方は基本的に同じです。ただしLLC名義で保有する場合、Form 5472の申告義務が別途発生する点には注意してください。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務アドバイスに代わるものではありません。Net Electionの要否や過去年度の是正については、専門家にご相談ください。
まとめ
日本に居住したまま米国不動産に投資する場合、何も手続きをしなければ家賃総額の30%が源泉徴収されるという、非常に不利な扱いがデフォルトになっています。Form W-8ECIの提出によるNet Electionを活用すれば、必要経費を控除した純利益への課税に切り替えることができ、多くの場合で税負担を大幅に軽減できます。物件取得時にこの手続きを行っているか、必ず確認しておきましょう。
